二次小説

永遠のジュリエットvol.22〈キャンディキャンディ二次小説〉

 

 

「ねぇ、キャンディ、ものすごく顔が赤いわ。なんで、そんなに真っ赤になるの?」

 

アニーが長い睫に縁取られた美しい瞳で、まじまじとキャンディを見つめた。キャンディは無意識に両手で頬を隠す。

 

「アルバートさんは、いつ南米から帰ってくるの?って尋ねたのよ。そんなに真っ赤になるような質問じゃないでしょ。変なキャンディ!」

 

ポニーの家の暖炉の部屋。幼い子供たちをお昼寝させてからのティータイム。ポニー先生とレイン先生は、村の婦人の集いに出かけていた。

 

 

 

「もしかして。」

 

アニーがわかったわ、と言うようにいたずらな瞳を煌めかせるとキャンディの心臓がドキンと飛び跳ねる。

 

「キャンディったら、アルバートさんに美味しいスイーツをお土産に買ってきてとか、何かおねだりしたんじゃなくて?それを思い出して恥ずかしくなったんでしょう?」

 

アニーの口調は、冗談半分、あとの半分は一瞬、本気でそう思ったようだった。キャンディならスイーツをおねだりしそう、と。

 

でも、ふと……、アニーは思い直す。

 

「……ううん。キャンディならそんなことくらいで、恥ずかしくなったりしないわね。」

 

アニーが美しい眉をひそめて、ぶつぶつ口の中で呟く。

 

セント・ポール学院からアメリカへ戻ってきてから、アニーはポニーの家にちょくちょくやってくるようになっていた。

 

なにしろ、ポニーの家の幼い女の子たちにとって、アニーは目の前にいるリアルな「絵本の中のお姫様」

 

 

 

かわいくて優しいお人形のようなアニーは憧れの存在。このポニーの家から誕生したそのお姫様が、たくさんの絵本やお菓子を手にやってくるのを女の子たちはみんなとても心待ちにしていて、アニーも少しでも子供たちを喜ばせたいと思っていたのだった。

 

「そ、そんなこと、アルバートさんに頼んだりしていないわ、アニー。」

 

キャンディはとっさにそう言ったものの、自分でも顔が赤くなったのがわかるだけに、下手な言い訳もできない。

 

「じゃあ、なんでそんなに真っ赤になるの?」

 

アニーは決して勘が鋭いわけではないのだが、よほどキャンディの顔が赤くなったのか、いつもより強引に突っ込んでくる。

 

「えっと…。それは…。前回、ちょっとアルバートさんの前でおっちょこちょいなことをやらかしたから……それを思い出して恥ずかしくなったの。」

 

キャンディは、頭をフル回転させてそれらしいことをアニーに伝える。まさか、アルバートさんの口から聞いたセリフを思い出して、とは言えない。思い出すとキャンディはまた顔から火が出そうな気持ちになる。

 

「僕ではだめか?僕では彼の代わりになれないか?」

 

あの言葉の真意は?

 

 

 

あの後、すぐにジョルジュがアルバートさんを迎えにやってきて、あの言葉の意味を尋ねるチャンスを失ってしまった。

 

もしかしたら、聞き間違えたのかもしれないし、アルバートさんのことだから、泣いていたキャンディを励まそうという精一杯の言葉だったのかもしれない。それを変な風に受け取ってドキンとするなんて。

 

『僕ではだめか?』

 

テリィを失って、心にぽっかり空いてしまった穴を養父として埋めてあげよう、そう言う意味よ、きっと。

 

アルバートさんという大きな唯一無二の存在で。

 

そういう意味よね?

 

深い意味はないわ。

 

でも……。

 

あの時……。もしかして……。

 

 

 

「もう、キャンディったら。今度はぼんやりして、私の話を聞いてないでしょう?本当に今日はなんだか変よ。」

 

キャンディが心ここにあらずで、物思いにふけっているのを見て、アニーの顔がふっと曇り、心配そうにキャンディをのぞきこんだ。

 

「キャンディ、何かあったの?心配事じゃないわよね?」

 

アニーの思いやりにキャンディは胸が熱くなる。

 

テリィと別れて帰ってきたキャンディの気持ちに、すぐに気づいてあげられなかったとアニーはずっと自分を責めているようだった。

 

辛い時に辛い顔を見せないキャンディだからこそ、もっと思いやってあげるべきだった。気づいてあげるべきだったとアニーは思っていた。

 

「やだわ、アニー。アルバートさんの前で大失敗しただけよ。それだけだから。」

 

キャンディは明るく笑う。

 

「それより、アーチーはシカゴ大学を卒業したら大学院はマサチューセッツ州に行きたいって言い出したんですって?」

 

「あ、そうなの。アーチーがね……。」

 

アニーの注意をそらすコツは、ズバリアーチーのことを話題に出すこと。
シカゴ大学で経営、経済を学んでいるアーチーは、次にハーバードの大学院で学びたいとアルバートさんに相談しているそうなのだ。

 

セント・ポール学院に通う前から、もうずっと長いこと、どんな時でもアーチーだけを思い続けてきたアニー。

 

キャンディはそんな「アーチーのことが大好きなアニー」が愛おしかった。
幸せそうにアーチーのことを話すアニーの横顔に「アニーは愛する人と別れる運命ではありませんように」と、祈らずにいられなかった。

 

 

 

「テリュースさま、久しくご無沙汰しておりました。お元気そうで。」

 

 

父親であるグランチェスター公爵の顧問弁護士、ダグラス卿に穏やかな口調で声をかけられた時、テリュースはそれほど驚かなかった。心のどこかで、いつかこの日が来るのを予期していたのかもしれない。

 

 

「少し、お時間をいただけますでしょうか。」

 

 

ソワレがはねた後、テリュースがスプリングガーデン劇場を出て駐車場に向かおうとした時、声をかけられ、彼がNYで滞在しているホテルの一室へ同行をうながされたのだった。

 

テリュースがおとなしくダグラスの言葉に従ったのは、セント・ポール学院に7歳で入学するまでの子供時代、テリュースにとって、彼が唯一の味方といえる人物であったからだ。

 

 

テリュースがアメリカにいたエレノア・ベーカーと引き離され、イギリスへ連れ戻されて間もなく、父親、グランチェスター公爵は、遠縁にあたる由緒正しい血筋の女性を妻として迎えたのだが、やってきた継母は、初めからテリュースのことを毛嫌いし、何かにつけて目の敵にした。

 

 

「卑しいアメリカ女の産んだ子供のすることですわ。」

 

 

そうやってテリュースのやることなすこと、すべてを否定したが、グランチェスター公爵は、一度も実の息子のテリュースを庇ったことがなかった。いつも、まるで彼の存在が目に入らないかのように無言を貫いていた。

 

 

やがて、義理の弟が生まれると、継母はグランチェスター公爵の無関心をいいことに、ますますテリュースに辛くあたるようになっていく。

 

 

そして、物心ついた時には、屋敷のグレートホールで食事をする両親や弟とは別に、テリュースはたったひとり、セカンドダイニングルームで食事をとるのが習慣になっていた。

 

 

どうしてそんなことになったのか、継母がそうするように命令したのか、それともテリュース自身が言い出したことなのか、まったく記憶がなかった。物心ついた時にはもう、ひとりで広いダイニングルームにいたのだ。

 

 

そんな扱いのテリュースのことを使用人たちはみな軽んじ、跡継ぎとなって自分たちの支配者にはならないであろう長男にどの使用人も冷たかった。

 

 

豪華なシャンデリア、銀のカトラリー、絹のシャツに囲まれていながら、高い天井の広い部屋で寒さに震える小さな男の子に注意を払い、話しかけてくれる大人はいなかった。

 

 

ただひとりオスカー・ダグラス卿をのぞいては。

 

 

自らも伯爵家の三男であるダグラス卿は、父親リチャード・D・グランチェスター公爵の顧問弁護士であり、古くからの知人でもあった。

 

 

彼だけは、テリュースに会うと穏やかな笑顔で近づいてきて、時間があると色々な話をしてくれるのだった。彼が最近読んだ小説のこと、仕事で行ったインドや世界の国々について。彼の話は、幼いテリュースが家庭教師から学ぶどんな教科より楽しかった。

 

 

その中で、特にテリュースの記憶に残っているのが、伯爵家に生まれた彼の生い立ちについてだった。

オスカー・ダグラスは、自分が三男であるゆえ家督を継げないこと、だから一生懸命勉学に励み、弁護士になったことを話してくれ、会えば必ずテリュースにも勉学に励むように言うのだった。

 

 

「学んだ『知識』はやがて『力』となり、いつかきっとテリュースさまを助けてくれるでしょう。その『力』で、ご自分の思い描く世界に思い切り羽ばたいてください。」

 

 

どこまでテリュースの立場を理解しているのかわからないが、ダグラス卿はいつも口癖のようにそう言っていた。

 

 

そのダグラス卿が、大戦の中、危険な大西洋を渡り、父親の使徒としてやってきたのだ。

 

 

「単刀直入に申し上げます。公爵は、今回の婚約発表をお知りになり、テリュースさまをイギリスへ連れ戻すようにと私をこちらへつかわされたのです。」

 

 

紡がれた彼の言葉の調子は、柔らかかったが、氷をまとってテリュースの耳に届いた。ふたりの間に重い沈黙が落ちる。

 

 

「・・・・・・。」

 

 

テリュースは内心の苛立ちを押さえながら、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「連れ戻すとは・・?あの人にそんなことを言われる筋合いはないのですが。もうとうの昔にグランチェスターの名は捨てたのですから。」

 

 

そう、あの時から__。

 

『グランチェスターの名前は今日かぎり捨てます。』

シスターグレイにそう言って聖ポール学院に退学届けを出し、その足でサウザンプトン港に向かったあの日。元々父親の住む邸宅に大切な物など何もないのだから、キャンディからもらったハーモニカと寮にあった身の回りの物だけ小さなトランクひとつに詰め込んで渡ったアメリカ。

 

 

グランチェスターではなく、母のルーツであるグレアムを名乗り、父親とは縁を切ったはずだった。

 

 

さんざん父親にたて突きながらもその金で暮らしていた何不自由のない生活から飛び出し、アメリカに渡ってからは俳優として自分の力だけで生きてきた。

 

 

だが。

テリュースは父親がどんな人物なのかわかっていた。貴族としての「誇りと体面」が正義であり、彼のすべて。それらを守るためには、金も惜しまず、どんな手でも使う。

 

 

テリュースは、やっと忌まわしき『楔』から自由になったのだと思う気持ちの中に、心の隅で父親がこのまま、勝手にいなくなった息子を放っておくわけがない、自分の命令に従わないテリュースを許すわけがないとも感じていた。

 

 

ましてや。

 

 

父親であるグランチェスター公爵は、貴族としての誇りのため、母を平気で捨てた男。グランチェスターの青い血をひくテリュースが女優と結婚することなど、黙っているわけがなかった。

 

 

「テリュースさま。公爵から事情は伺っております。いえ、テリュースさまが、セント・ポール学院を退学なさった後、公爵は行方を探すようにと私にお命じなさったのです。」

 

 

ダグラス卿の目は昔と変わらず静かな温かさをたたえている。

 

 

「イギリス中お探ししました。もちろん、アメリカも。そして、あなたを新聞の中で見つけ、公爵にご報告いたしました。1年前のことです。」

 

 

ダグラス卿は、テーブルの上に置いてあった分厚いファイルの中から、うっすらと茶色くなった新聞の切り抜きを取り出して見せた。

 

 

『有望な新人!ストラスフォード劇団に現れる!』

 

 

小さな小さな記事だが、そこには写真とともにリチャード3世でのテリュースの活躍が踊っていた。

 

「ただ、その報告をした後もどう思われていたのかはわかりませんが、公爵は次のご指示をなさいませんでした。そのままテリュースさまの様子を報告するようにとだけおっしゃって。ですが、今回は………。婚約発表の記事をご覧になるとすぐにテリュースさまにご帰国していただくようにとの強いご命令でした。」

 

そこで、ダグラス卿は言葉を切って、テリュースにきっぱりとした視線を注いだ。

 

「公爵は、ストラスフォード劇団のスポンサー企業に多額の融資をなさっておられます。ゆえに、テリュースさまのイギリスへの帰国も難なく行われるはずです。」

 

それは、父親の力でテリュースの築き上げたものなどひとひねりでどうにでもなるぞという脅迫にも受け取れた。

 

「やめろ!やめてくれ。」

 

テリュースは、たまらず、目の前のテーブルをドンと拳で殴った。

 

「あの人になんの権利があって、そんなことができるんだ。」

 

グランチェスター公爵がひとこと言えば、ストラスフォード劇団はテリュースの「公演スケジュールの調整」も「解雇」も簡単に実行するだろう。コツコツと積み上げた物が、父親の腐ったプライドのために潰されてしまう。テリュースはたまらなかった。

 

「ご存じのようにイギリスでは21歳にならないと親の承諾書なしに結婚はできません。ですから、どちらにせよ、テリュースさまはあと1年はご結婚できないことになります。」

 

「だからどうだって言うんだ?」

 

テリュースはイライラと答えた。今の今まで、ダグラス卿にそんな言葉遣いをしたことはなかったが、もはや彼は憎い父親の使徒でしかなかった。

 

「テリュースさまは、グランチェスター家の長子でいらっしゃいます。奥方さまがなんとおっしゃろうとも法律上はテリュースさまが、グランチェスター家の後取り。勝手に縁を切ることはできないのです。」

 

「グランチェスター家などクソくらえだ!そんな物、あのブタの息子にくれてやる!」

 

「レイモンドさまは、従軍なさり、今はイギリスにはいらっしゃいません。それに、セント・ポール学院の生徒の多くも同じようにイギリス軍の一員として戦地に出征している現状なのです、テリュースさま。」

 

ダグラス卿の瞳に悲しげな色がにじんで見えた。

 

セントラルヒーティングに包まれているはずの室内にひんやりとした空気が漂う。

 

 

 

───大戦か。テリュースは冷水を浴びせられたような気がした。

 

「それに。今から申し上げますことをあなたの古い友人のつもりでおります年寄りの余計な戯れ言だとお許しください。」

 

ダグラス卿は意を決したように切り出した。

 

「色々と調べさせていただきました。私にはまだ駆け出しの、俳優という夢の途中にいらっしゃるあなたが、いきなり婚約をするなどと信じられなかった。それは私の知るあなたではない。だからその理由を知りたかったのです。勝手に調べさせていただきましたこと、お許しください。そして、たぶん私はその理由を理解したと思っております。」

 

ダグラス卿の声は決して大きくはなかったが、テリュースの心へ水面の波紋のように大きく広がっていく。

 

 

 

「失礼ですが、……あなたの……、その……、婚約者の方の瞳に映るテリュースさまご自身は、いつも輝いておられるのでしょうか?そこに映し出されるあなたが、『輝いている』とご自分で感じられるのであれば、私はもう多くを語りません。ですが、そうでないならば、前へ進むのは絡まってしまった運命の糸をひとつひとつ解きほぐしてからでも遅くないと思うのですが。」

 

「・・・・・・。」

 

身じろぎもしないままのテリュース。

 

テリュースには、ダグラス卿が全てを知ってしまったこと、それを知った上で語っているのがよくわかった。
何を言いたいのかも。だが───。

 

「それに、弁護士として申し上げれば、テリュースさまがグランチェスター家を出られるには、手続きが必要となります。きちんとご本人が届け出をしなければ、法律上グランチェスター家を出られたことにはなりません。テリュースさま、このまま公爵を避け、逃げ出した格好のままではなく、きちんとご自身の意思を伝えられ、必要とあれば手続きをなさって、堂々とアメリカに戻られればよいと思います。」

 

ダグラス卿の『逃げ出した格好』という言葉にカチンとしたテリュースだが、それに反論できるだけの言葉を持ち合わせてなかった。言われれば、その通りだと己れの理性が囁く。

 

────そうだ。このままではいつまでも父親の亡霊に取りつかれたままだ。ハムレットのように。

 

今はテリュース・グレアムと名乗ってはいるが、身分証には『テリュース・G・グランチェスター』の文字が刻まれたままだ。イギリスに帰り、正式にグランチェスターの名を外すことが必要な時期にきているのかもしれない。
ダグラス卿の言葉は、確かに、重くテリュースの心にのしかかった。

 

 

 

テリュースは、フウと長い息を吐き、静かにダグラス卿を見つめ返した。

 

「ダグラス卿、ストラスフォード劇団には休暇を取りたいと私の口から伝えます。日程の調整もあるので、どうか先にイギリスへ帰り、あの人に伝えてください。手続きをするために一度帰国します、と。そして、卿、その時は、必要な手続きを教えてもらえますか?」

 

「もちろんです。テリュースさま。」

 

 

スザナはなんと言うかわからなかったが、マーロウ夫人が反乱狂になるのだけはわかった。スザナを捨て、逃げ出すつもりなのだろうと責められるのは想像できた。

 

この後、テリュースがイギリス行きの船に乗ったのは、2ヶ月後だった。

 

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今日も読んで下さってありがとうございます。深く深く感謝いたします💕
 
今回のカバーのイラストは、私がキャンディキャンディの連載スタート時の「なかよし」を持っていることをお知りになったHさまからリクエストいただいたものです。(今までのカバーイラストとあわせるために白黒にしました) 
 
イギリスの法律につきましては、この当時と今はかなり違っておりますこと、また二次小説のため、解釈?も私なりに変えさせていただいておりますことをご了承いただけましたら嬉しいです。
 
急に寒くなってまいりました。みなさまご自愛くださいませ💕
 
 
 

 

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ABOUT ME
ジゼル
「永遠のジュリエット」は、あのロックスタウンから物語がはじまります。あの時運命が引き裂いたキャンディとテリィ。少女の頃、叶うなら読みたかった物語の続きを、登場人物の心に寄り添い、妄想の翼を広げて紡ぎたいと思っています。皆様へ感謝をこめて♡ ジゼル

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