二次小説

永遠のジュリエットvol.19〈キャンディキャンディ二次小説〉

 

 

インタビューする相手の本音を聞き出すためには、幾つかの「技(わざ)」がある。それを使えばある程度簡単に人の心の中をのぞくことができる。その老練な新聞記者は腹の中でそう考えていた。

 

彼がよく使う手口。

 

ひとつは、相手が潜在的に誉められたいと思っているところを鋭く嗅ぎわけ、上手にそこをくすぐり、おだててこの人間は自分をわかってくれる、自分の味方だと思わせる。するとインタビューされる相手は驚くほど饒舌に語り出す。

 

もうひとつの奥の手は、相手の急所や触れられたくないところをえぐり、わざと本気で怒らせる。するとカッとして冷静さを失った人間は後先考えず口を滑らせ本音を語る。

 

今日のテリュース・グレアムとスザナ・マーロウの婚約インタビューは、後者がいいだろうと彼は考えていた。

 

噂では気の短いテリュース・グレアム。怒らせれば本音を語るかもしれない。ロミオとジュリエット主演での崩れた姿とその後の逃避行の謎が解けるかも。めでたい席だが、自分の記事を際立たせるためには、『何か』が欲しかった。だが、ストラスフォード劇団の団長ロバートとも懇意な彼は、このめでたい日を台無しにすることは望んではいなかったが。

 

そこで、彼はいくつかの婚約発表にふさわしい当たり障りのない質問の後、軽くジャブを打ってみることにした。

 

「こうやっておふたりを見ていると・・・・、ファンのみなさんもきっとそうだと思うのですが、テリュースさんもスザナさんが、『女優』として今日この日を迎えられていたらと残念に思われているのではないですか?」

 

ある程度予想していたが、婚約の話から今後の活動へと話が移るとスザナの事故に関する質問にも触れてくる。その質問に対して。

 

「『薔薇はどんな名前がついていようとも薔薇』、女優であろうがなかろうが、スザナはスザナですから。」

 

 

 

テリュースらしく素っ気ない返答だが、その中に命をかけて自分を救ってくれたスザナに対する気持ちが込もっていた。婚約した恋人として計算された理想的な回答ではなく、テリュースの心からの言葉。記者の質問に一瞬、ムッとしたのも彼の本音だと感じられた。

 

「シェークスピアのロミオとジュリエットのセリフですね。スザナさんが、今も咲き誇るバラのように美しいので、ついおケガさえなければと残念で口にしてしまいました。もちろん、スザナさんには見た目だけでなく、天賦の才能や資質があると私は思うのですが、テリュースさんも身近で見ていて感じられているのではないですか?」

 

配慮が足りないとも率直な気持ちとも受けとれる微妙なライン。

 

「確かに、スザナには、美しい声や豊かな表情、役者としての勘や鋭い感性、情熱など多くの素晴らしいものがあると思っています。」

 

言ってから、しまったと己れの失言に気づくテリュース。女優としての道を断たれた後だからこそ、それを聞くと辛いだろうと、口にしてはいけないとテリュースは考えていたのだ。

 

腹が立っていなければ、口にしなかったであろう返答。

 

しかし、その言葉が逆にスザナの心に響く。彼女は薄いヴェールが剥がされ、世の中がくっきりと見えるような気がした。

 

テリィは義務や思いやりの気持ちで自分のそばにいてくれる、私は愛されていないのだと思っていたスザナは、ひとつ、自分が気づいていなかった「幸せな誤り」に気がついた。

 

テリィは、『私を愛してくれている』のだと。演劇を深く語れる同志として、同じ世界を見て、同じことを考えられる役者として、尊重し、大切に思い、愛してくれているのだとスザナは理解した。

 

それは、あの人への愛とは違うものかもしれないけれど、自分への愛も、テリィの中で確実に息づいているのだとその時初めてスザナは感じられたのだ。

 

そう言えば。

 

テリュースはオフの時には必ず、スザナが眠るまで、枕元のそばで椅子に腰掛け、シェークスピアの戯曲を朗読してくれる。スザナもシェークスピアを好きだろうと言って。

 

 

 

それに、もう心の中で封印していた事だが、ロミオとジュリエットの稽古中、彼は団長のロバートに助言を求める前に、必ず先にスザナに意見を聞いていたことも思い出した。

 

ふたりが同じ考えの時もあれば、違う時もあって、そんな時にはどうしてそう思うのか、テリュースは彼女の意見にしっかりと耳を傾け、その理由も詳しく尋ねた。彼にしては珍しく、饒舌に熱心に。多くはなかったが、そんな時、納得しなければ彼は譲らず、納得するまで語り合った。スザナも女優として、愛するテリュースの意見であろうともそこは絶対に譲らず、意見を戦わせた。

 

また、スザナがジュリエット役に選ばれた時、君のジュリエットは、『適役』だと思うと言ってくれたこともあった。あの時は、先輩役者への社交辞令のようなものだと流したが、よく考えれば、テリュースはお世辞など一切言わない人だ。

 

きっと彼は本当にそう思ってくれていたのだと今ならわかる。俳優としてのふたりの『絆』

 

でも__。

 

それなのに、もう自分は女優ではないのだ__。

 

スザナは、急に膨らんだ幸せな気持ちにプシュンと針を突き立てられたような気がした。

 

今は、売れっ子の俳優とお荷物のわたし。『格差のあるふたり』だわ。

 

わざと自らを蔑むような言葉を使いたくなるスザナ。

 

あのまま、女優を続けられていたら__。

 

ふたりでロミオとジュリエットを演じていたら__?

 

また違うふたりになれていた気がする。

 

テリュースと肩をならべ、華やかに堂々とその隣に立っていられたのに__。

 

卑下することなく、テリィにふさわしい女だと胸を張れたのに。

 

スザナの瞳が翳ったことを自分の失言のせいだと受け取ったテリュースが彼女を心配げに見つめると、その瞳に心配いらないわというように微笑んで見せた。

 

『はっきりと瞳に愛の色が読み取れる女。男の方は?』

 

ベテラン記者は、テリュースの心の内をはかりかねていた。彼女を見つめるその穏やかな微笑み、包み込むような眼差し。それなのになぜ何かがひっかかるのだろう?記者は彼の心はラビリンス(迷路)のようだと感じていた。本当のことが見えない!

 

残りの時間でもう少しだけ踏み込んでみるか。そう決心する。

 

「そう言えば、『マイガール』で共演されていたソフィア・グリフィスさんですが、女優と脚本家の二刀流になられたそうですね。テリュースさんは、彼女のことをどう思われますか。」

 

内心の苛立ちを押さえながらテリュースがその質問に答える。雑誌『イグナイト』のスキャンダルを受けてであろうその質問を今日ここが婚約発表のインタビューの場でなければ無視するところだ。

 

「そうですね。女優として、脚本家として、とても豊かな才能を感じます。」

 

テリュースが冷たく記者に返す。だからなんだ?とでも言うように。

 

 

 

その時スザナは、『イグナイト』に載っていたソフィア・グリフィスの写真を思い出した。

 

小さくてはっきりとはわからない写真だったが、決して華やかな女優には見えなかった。きっと自分とは正反対のタイプ。でも・・・・。

 

テリィは彼女の才能を認めているわ。

 

スザナは、心臓をぎゅっと捕まれたような気持ちになった。

 

テリュースの相手役だった女優。今日の招待客のひとりでもあるソフィア・グリフィス。

 

会いたいような会いたくないような複雑な気持ちだった。

 

「スザナさんもご自身の才能を眠らせておくのは惜しいのではありませんか?今後、彼女のように脚本をお書きになるということは?」

 

「そうおっしゃってくださって、感謝いたします。そうですね、今後のことはテリィとも相談してゆっくりと決めたいと思います。」

 

その時は、そんな風に返したスザナだったが、インタビューが終わってからも女優と脚本家という二足のわらじをはくソフィア・グリフィスのことが頭から離れなかった。テリィは彼女の才能を見ている。私にも脚本が書けるかしら?

 

そしてその気持ちは、招待客としてソフィア・グリフィスと対面した瞬間、確固とした決心へと変わったのだった。テリュースに臆することなく、自然体で振る舞う彼女。ロバートからも才能ある脚本家として丁寧に扱われていた。

 

私も脚本を書いてみよう。脚本家になって、テリィに認められたい、テリィと同等に肩を並べたい。私にも芝居の才能があるなら、きっと書けるはず。

 

ソフィア・グリフィス。
サラサラとした黒髪に、優しく怜悧な黒い瞳。女優にしては珍しく控えめでテリュースに気に入られようと躍起にならない自然体にも好感が持てた。同じ女性としてだけなら、好きになれそうなタイプ。だがしかし、それがテリュースのそばにいる女性としてなら別の意味を持つ。

 

嫌だわ、あのタイプも。

 

ソフィアの顔にソバカスか浮かんでいるのもスザナには許せなかった。

 

 

 

 
婚約パーティーは、くつろいだ気のおけないものにしたい__。

 

スザナの意向で、ほとんどが身内の劇団関係者である招待客は、次から次へと婚約パーティーの会場であるホテル『ザ・ヴァルハラ』の広間に詰めかけていた。

 

招待客を出迎えたテリュースとスザナに祝いの言葉をかける。それらに微笑みで応じ、今日のお礼を伝えるふたり。

 

本来なら主賓として扱われるはずのストラスフォード劇団のNo.1、ロバートハサウェイも、今日は主催者として振る舞い、すでに広間の奥で招待客たちと談笑を交わしていた。スザナの両親も慣れた様子で会話に入っている。

 

「疲れたんじゃないか?顔色が優れない。」

 

テリュースが、招待客が途切れた瞬間を見計らってスザナに問いかけた。

 

「大丈夫よ、テリィ。」

 

疲れていないと言えば嘘になる。婚約パーティーが決まってからのスザナは目が回るくらい忙しい日々を送っていたからだ。

 

招待客リストの作成に、招待カードの仕様、当日着るドレスの生地選びからデザインの打ち合わせ、音楽に料理、デザートに飲み物、テーブルクロスにナプキン、メッセージカード、彼女は少しも妥協はしたくなかった。綿密にそれぞれの担当と打ち合わせ、指示を出していく。

 

パーティーへ参加できるようにと団員たちのスケジュールを可能な限り配慮してくれた団長のロバートにも逐一連絡を入れることも忘れなかった。

 

そして、彼女が中でも何より時間をかけたのが、婚約指輪のデザインだった。

 

 

 
 

オーダーしたのは、ストラスフォード劇場並びにある老舗の高級宝石店。

 

最年少でストラスフォードの劇団員に合格してからスザナは、厳しい稽古帰りにその宝石店の前を通る度、いつか女優として有名になって、愛する人とふたりでこのお店に婚約指輪を買いに行くんだと心に誓っていた。

 

いつか__。

 

『お姫様のようにエスコートされ、愛する人とあの宝石店で婚約指輪を選ぶの』そう憧れてきたことをテリュースに伝えると彼は快く一緒に行こうと言ってくれた。ふたりでのぞいたその高級宝石店。団長ロバートの紹介で、彼らはVIPしか通されない奥まった部屋にすんなりと通された。

 

1月生まれのテリュースの誕生石「ガーネット」と9月生まれのスザナの誕生石「サファイア」の青と赤は、ロミオとジュリエットの生家の紋章の色。

 

偶然にもまたロミオとジュリエットを彷彿させる運命にスザナは、ふたりの誕生石を使った指輪をデザインすることを決心したのだった。サファイアを抱くようにガーネットを配置したデザイン。何度も宝石デザイナーと相談して決めたものだ。その指輪が今、彼女の白い指に輝いていた。

 

 

 

テリュース・グレアムとスザナ・マーロウの婚約パーティーは、ほとんどの者が知り合い同士ということもあって、和やかに、落ち着いた雰囲気で進んでいた。そろそろお開きに近づいてきた時刻。

 

ガタンと椅子を引く音がして、

 

「教えてちょうだい、テリュース。あなた、いつからスザナのことを愛していたというの?」

 

ストラスフォード劇団の女優、スザナより3期先輩のカレン・クライスがふらつきながら立ち上がると、長いテーブルの中央に並んで座るテリュースとスザナを指差した。

 

「私にはわかるわ。愛し合っているふたりなのか、そうでないのか。今のあなたたち、舞台の上で演技をしているように見える。礼儀正しくよそよそしすぎるわ。」

 

しん───、と静まりかえる招待客。

 

「テリュース、あなたは嘘つきよ!」

 

カレンは、スザナの事故の後、ジュリエット役についたのだが、公演の打ちきりにあい、その責任の元凶テリュースを憎んでいた。

 

 

「やめないか、カレン。飲み過ぎだぞ。」

 

隣に座っているサイモンが立ち上がるとカレンの腕を引っ張って、座らせようとする。それに怒って余計に頭に血がのぼったカレンが声を張り上げる。

 

「テリュース、あなたは覚えていないかもしれないけれど、私はよく覚えているの。スザナの事故の後、稽古が終わってからも公演後も、あなたはよく暗い顔をして長いこと客席に座って煙草をふかしていたわ。スザナのことを愛しているなら、すぐに彼女のところへ急いだはずでしょ?」

 

カレンは招待客を見渡して、意地悪く声を張り上げた。

 

「だって、みんなも思っているでしょう?そんなに愛し合っているなら、なぜあの時、テリュースはスザナを置いて逃げ出したりしたの?あの時のロミオは、」

 

パシッ!!

 

サイモンの右手がカレンの頬に飛ぶ。

 

頬を押さえてサイモンを睨み付けるカレン。

 

「やめろ、カレン。もうよさないか。これ以上言うなら、」

 

「テリィ、キスして!!」

 

サイモンの声にかぶせるように、スザナが隣にいるテリュースに挑むような口調で叫んだ。テリュースがピクリと動くのと同時に招待客が息を飲んだ。

 

テリュースは驚いたように、隣に座るスザナが、恋に沈む瞳に炎を宿して訴えかけるのをじっと見つめた。

 

それまで、彼女がそんなことを求めたことは1度もなかった。きっとそれを欲していただろうが、内面の葛藤を押さえながら穏やかにテリュースの気持ちを優先してくれていたスザナ。

 

その彼女の願い───。

 

テリュースはスザナの気持ちを痛いほど理解した。カレン・クライスに自分たちの愛は偽りだと言われたのだ。スザナの望みを拒絶することはできない____。

 

テリュースはスザナの想いを受け止める。

 

────見つめ合うふたり。

 

スザナとテリュースの間に流れる時間の針が一瞬だけ止まった。

 

 

瞬きも呼吸も動かない。

 

 

先に動いたのはテリュースだった。

 

 

スッと立ち上がり、静かにスザナを見下ろすと次にゆっくりと身をかがめ、そっと両手でスザナの頬を包む。ジュリエットと同じハシバミ色の瞳を受け止めながら、そっと自分の顔を傾ける。

 

 

息が届くほど近く____。

 

 

スザナはテリュースのその意味を理解し、そっと瞳を閉じた。彼女の頬に一筋の涙がつたい落ちた。

 

 

待ち焦がれた瞬間__。

 

 

恋しいテリュースの愛のあかし。

 

 

唇が触れる・・・・。

 

と、その刹那───。

 

スザナが、ゴボッと低く咳をするのと同時に深紅の薔薇の花びらがあたりに舞い散った───。

 

 

 

深紅の薔薇の花びら───。

 

ではなく、
それは花びらにも似たスザナの吐血だった。

 

力なくテリュースの腕に倒れこむスザナ。

 

「スザナ────!!」

 

テリュースが叫んでスザナの細い身体を受けとめるが、その身体が意思を持たず、人形のように椅子から崩れ落ちそうになる。

 

テリュースは、誰かの悲鳴がどこか遠くで聞こえたような気がした。

 

   次のお話は
    ↓
永遠のジュリエットvol.20〈キャンディキャンディ二次小説〉 高い塀に囲まれたどこか殺伐とした雰囲気が漂うNY屈指の大病院、聖マリア総合病院。    ...
今日も読んで下さってありがとうございます💕深く深く感謝します。

 

テリィの『懐(ふところ)事情』については、「テリィは決してお金をたくさん持っているわけではない(笑)」と思っています。
貴族である父親からも女優である母親からも一切援助は受けていませんし、ストラスフォード劇団の俳優としてもまだまだ駆け出しの扱い。決して高給取りの大スターではないと思っています。

 

こんなエコノミーな?🤣アパートに住んで、キャンディのNYでの滞在費や交通費を自分のお給料から捻出するのにひとりで計算していたりして(笑)。
劇団員から「ため込んでいる」と陰口をたたかれるくらいです。ロックスタウンでも目先の金を欲しさに、なんて言ってましたし。お金、なさそう💧

 

それに、「永遠のジュリエット」では、テリィはスザナのために、人目を気にせずに過ごせるように、コテージを購入したばかりです💕俳優だけどローン可能?(笑)

 

スザナは決して『ワガママでテリィを振り回している』わけではありませんし、彼女なりに懸命にテリィを愛し、彼のことを考えていると思います。
 
でも私は「もう一歩踏み込んで、深く相手の立場や気持ち、状況を思いやる」ことができない女性のような気がしています。悪気はないけれど、自分の気持ちに素直で、それが自己中心的に見える時も・・・・。
 
婚約指輪も、テリィの懐事情を考えずに、「子供の頃から憧れていたの💕」なんて言いそうな気がしています。(私の妄想です🤣)
でも決して、ワガママじゃあないんです(笑)
テリィが大好きだからこそ、女子として夢が膨らむスザナ。したいことがあるのも欲しいものがあるのもテリィだからこそ。
そんなスザナを描けていたらいいのですが💦

 

でも、キャンディなら、高級な婚約指輪を買って欲しいとは決して言わないと思います。テリィがいれば他には何もいらない。
シロツメクサで作った指輪でも喜んでくれそうな気がします💕
 
そんな妄想で書きましたが、こんなストーリーもありかなと思っていただけたらうれしいです💕
 
残暑が厳しいです。ご自愛くださいませ。

 

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ABOUT ME
ジゼル
「永遠のジュリエット」は、あのロックスタウンから物語がはじまります。あの時運命が引き裂いたキャンディとテリィ。少女の頃、叶うなら読みたかった物語の続きを、登場人物の心に寄り添い、妄想の翼を広げて紡ぎたいと思っています。皆様へ感謝をこめて♡ ジゼル

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