ウィリアム・シェイクスピア、『没後300年』にあたるその年。
ブロードウェイの様々な劇場で、ハムレット、マクベス、ジュリアス・シーザーなどたくさんのシェイクスピア劇が上演され、ブロードウェイは、シェイクスピア一色に染まっていた。
しかし、そんな中でもスプリングガーデン劇場の『愛し合うふたりの恋物語』マイガールはヒットし、現在150回連続公演を樹立、そのまま記録をのばしているところだ。
その立役者のひとり。
ローズ役のソフィア・グリフィスは、最近めっきりきれいになった、とささやかれはじめた。
黒曜石のような黒い瞳と漆黒の髪、白い肌に浮かぶソバカスの海。少年のようにスレンダーな体型。
輝くプラチナブロンドや女神のようにゴージャスな体型を持つ美人ぞろいのストラスフォード劇団の中で、彼女は、雨に濡れた『みすぼらしいカラス』のようだと思われていた。地味で冴えない新人。
そんなソフィアが、受かるはずのないオーディションで、主役のローズに抜擢された時、ストラスフォード劇団の誰もがその配役に驚いた。
「あんな地味な子が、ヒロインのローズ役ってどういうこと?」
「色気もないやせっぽっちに、魅力的なローズがつとまるもんですか!」
「幹部は何を考えているの?」
「見た目が悪いんだから、演技は抜群にうまいんでしょうよ。」
あからさまにそんなことを口にする先輩女優たちがいて、ソフィアは嫉妬の渦に引きずりこまれてしまったのだった。
そもそも「マイガール」は、登場人物の数が少なく、小さなカンパニーだったこともあって、先輩俳優たちがわざとソフィアに距離をとっていることはあっという間に広まってしまった。
すると、新人俳優たちも先輩俳優の目を気にして彼女を遠巻きにしはじめる。
俳優たちが彼女に話しかけるのは、芝居に関係する必要最小限のことだけ、という状態が続き、稽古の間も公演が始まってからも、ソフィアはあからさまに仲間はずれにされていた。
それでも、ソフィアはそれを気にする風(ふう)もなく、ひとり黙々と稽古をこなし、日々懸命に舞台に集中しているようだった。
休憩時間には、台本を読み込んで何かを書き込んだり、バレエの基本の動きでひとり黙々と体作りに励み、発声を豊かに鍛えようと努力していた。
うっすらとついたバレリーナのような質の良い筋肉と洋服の上からではわからないしなやかな身体。春の風のように、耳に心地の良い柔らかな「声」
最初の頃こそ舞台上で、ピンと張りつめた糸のような雰囲気をまとっていたソフィアも、日がたつにつれ、かたいつぼみが花開くように、ふとした瞬間、魅力的な表情をたくさん見せるようになってきた。
それを見たサイモンが、
「俳優には、どんな「役」でも上手に自分自身に寄せてくる『技術型タイプ』と、その「役」に『憑依するタイプ』がいるって誰かが言ってたが、ソフィア・グリフィスは、まさに後者だな。最近、地味なやせっぽっちが、女らしく可愛らしいローズに見える。あの新人、テリュースと似ていると思わないか?」
そんなことを口にしたが、周りの人間は突拍子のない話だと誰も相手にしていなかった。
「あのテリュースと似たヤツなんてそうそういないだろ。サイモンも、とうとうヤキが回ったのか?」
仲のいいショーンですら、そんなことを言ってサイモンをバカにしていた。
しかし最近では、「プレイス・マガジン」の大御所評論家がテリュースとソフィアを『まさにカイルとローズそのものだ』と好意的なコメントをしたり、ふたりの写真入りの記事が有名なニューヨーク・ワールド紙に取りあげられるなど、テリュースとソフィアが「似たタイプ」というのもあながち間違ってはいないのかもしれない、周りもそんなことを思い始めた矢先。
その、ソフィアを『飲みに誘わないか』とショーンが言い出した。
「あの新人、ずいぶんきれいになったよな。相変わらず華やかさはないけど、一皮むけたっていうか、サナギから蝶になった、って言うか。」
艶のある絹のような夜色の髪、すんなりと伸びた長い手足、笑うと木漏れ日が射し込んでくるような屈託のないソバカスだらけの明るい笑顔。
「確かに彼女、頭がいいのか、飲み込みも早いし、ブライアンもゲネスも気に入っているようだよな。日に日に演技もうまくなっているし。」トビーまでそんなことを口にするまでになっていた。
それを聞いて、ショーンは心の中で呟く。
ソフィア・グリフィス。
見た目のいい軽くて落としやすいタイプの女と違って、今まで見たことのない毛色の違う女。どんな女なのか、1度話してみたい。できればそれ以上もあり、だ。
「おい、いつもの悪い癖なら、やめとけよ、ショーン。彼女はお前とは似合わない。」
サイモンが、呆れたようにショーンをきつく牽制する。
「わかってるって。ブライアンとゲネスのお気に入りに傷をつけたらこっちが干されちまう。」
ショーンの女癖が悪いのは、ストラスフォードの中でも知れわたっていた。
金髪で青い瞳のハンサムな青年は、恋の手練手管に長けていた。劇団の若い女優から街で見かける女性まで見さかいがなかった。
「ショーン、そもそも何とかってカフェのアンジェラとはどうなったんだ?お前、ちょっと前までは何かって言えば、『アンジェラ、アンジェラ』って言ってたぞ。」
「ああ・・・。だったかな・・・。悪い子じゃないんだが、つまんないんだよな、彼女。一途って言うか、重いっていうか俺に夢中になっちゃって。」
ショーンはサイモンの話など聞いていなかった。ただもうソフィアと話してみたい、その思いで頭はいっぱいだった。
結局、サイモンに釘をさされたものの、ショーンはどうしてもソフィアを飲みに誘わずにはいられなかった。そこでもうひとりの仲間、トビーにこっそり声をかけ、カーテンコールが終わるとすぐにソフィアに近付いた。
「今日はザックバランに芝居について話そうと、これからカンパニーのみんなで飲みに行くんだ。たぶん、テリュースも来るはずだから、ソフィアも行こうぜ。」
と誘いかけた。
ソフィアは一瞬驚いたようだったが、カンパニーのみんなが参加するなら、とその店に行くことを承諾したのだったが・・・。
眩しく陽のあたる場所には必ず、それと対比するように影ができるものだ。
それは、ここ夢の街ブロードウェイではなおさら、光と影のように明確に夢や栄光をつかんだ者とそうでない者の格差があらわになってしまう。
行き交うストリートや区画でも表れることがあるし、服装や住むところ、出入りする店にもそれは如実に表れる。
名門ストラスフォード劇団員とはいうものの、まだアンサンブルキャストのショーンとトビーがやってきたのは、スプリングガーデン劇場のある通りから3ブロック離れた売れない役者が多く集まる行きつけの酒場だった。
決してブロードウェイのスターやセレブリティはやってこない店。
こういう「不満」や「満たされない心」を癒す店、影を背負う場所では、誰かを蹴落とす「執念」や「妬み」「いさかい」が渦巻いていることも多かった。
「あれ?みなさんはいらっしゃってないんですか?」
ショーンの話では、『カンパニー全体で飲む』、という話だったのに、店に入るとメンバーが誰もいないことにソフィアはかなり驚いたようだった。
「ああ。少人数の方が芝居の話をするには好都合だろ?」
ショーンが悪びれた様子もなく、ニヤリと笑う。ソフィアは困惑したようにショーンとトビーを見た。
「あの、だったら私、今日は帰らせていただきます。」
ソフィアはショーンにはっきりと告げた。
「そんなつれないこと、言わないでくれよ。君と話してみたかっただけなんだからさ。」
「そうだよ。俺たち、別にとって喰おうってわけじゃないんだから。」
トビーがショーンの言葉に重ねる。
「でも、私・・・やっぱりひとりじゃあ・・・」
ソフィアが出口に引きかえそうとするのをショーンがとおせんぼしてひきとめた。
「一杯だけ。一杯だけ付き合ってくれよ。」
そのやり取りをすぐ近くのテーブルで聞いていた4人グループの酔っぱらいの男たちがショーンをからかうようにいう。
「兄ちゃん、フラれちゃったね。しつこい男は嫌われるよ。」
「ほっといてくれ!俺は別に言い寄ってるわけじゃないからな。同僚とはなしをしようとしているだけだ。」
うるさそうにショーンが怒鳴る。すると『同僚』という言葉に酔っぱらいの男がソフィアを見て、
「おや、待てよ。この女、どこかで見たことがあるぞ。」
「本当だ。どこで見たんだ?」
とワイワイ騒ぎはじめた。
まずい__。
ショーンとトビーは、ソフィアの顔が売れはじめていることを思い出した。こんなやつらまでソフィアの顔を知っているのか。
自分たちは所詮、アンサンブルキャストの役者だ。役柄には「市民A」とか「村人C」とかしかつかない。よほどの芝居ファンでもない限り、顔なんぞ知られていない。ソフィアに、自分たちと同じ行動をさせてしまったことを今さらながら、焦るのだった。
だが、もう今となっては仕方ない。酔っぱらいなんて、どうにでもごまかせる。ショーンはそうたかをくくっていた。
「うるせー、酔っぱらい。俺たちに構うな!」
ショーンがソフィアの顔を覗き込もうとした酔っぱらいの男の肩を押し退けた。
「いってぇー。何しやがるんだ!」
「お前が先にちょっかいかけてきたんだろーが!」
「俺は、お前を知ってるぞ。3日前にもこの店にきて、客の女の子をしつこく誘っていた男だよな。」
酔っぱらいは、ショーンに見覚えがあるらしかった。
「そうだ、お前、女の子を口説こうと俺はストラスフォードの俳優だ、とかって自慢して
いたな。」
「ああ、そうだ。俺も覚えている。あの後、あんなヤツみたことねーぜ、ってみんなで笑ったんだ。」
「そうだ、そうだ。売れない俳優野郎が偉そうにすんな。」
4人の酔っぱらいが、口々にはやし立てた。
1番気にしていることをソフィアの前で言われたショーンは、怒りのあまり唇をワナワナと震えさせ、拳を握りしめた。
「おっ、こいつ、図星をさされて言い返せないらしいぞ!」
うわはははっ!
バカにしたような笑いがどっと起こり、ソフィアが助けを求めるようにトビーを見たのをショーンは視界の端でとらえた。
情けない気持ちと憤る気持ちがまじりあって爆発し、咄嗟にショーンの拳が1番近くにいた酔っぱらいの顔面に炸裂した。
「ぎゃっ」
予期せぬショーンの反撃をまともにくらった相手は、顔面を抑えてうずくまった。鼻血が指の間からしたたり落ちている。
「やりやがったな!不意打ちはきたねえぞ!」
「腐れ俳優が!」
それを合図にしたように酔っぱらいたちがショーンとトビーに襲いかかった。
「やめてください!」
ソフィアの悲鳴はかき消される。
しばらくもつれあった後、その中のひとりの男が、ふいに持っていたアルコールの瓶をショーンの後頭部にうちおろした。
ふらつくショーン。そこへもうひとりの男が、ショーンの顔面に足蹴りをくらわせたのをソフィアはスローモーションのように見た。金色の豊かな髪が揺れ、ショーンは、血しぶきの雨を降らせながら音もなく床に崩れ落ちた。
ソフィアが息を飲む。
「こいつにもとどめだ!」
次に酔っぱらいの男が、トビーめがけて拳を振り上げた。ソフィアが恐怖に目を閉じた。
その瞬間。
「いててっ・・・。」
後ろにいた誰かが酔っぱらいの腕を素早くひねりあげ、その男をテーブルの上に荒々しく突き飛ばした。
ガシャーン。
派手な音がして、テーブルの上のグラスがこなごなに砕け散り、男はグラスの欠片とともに床に落ちた。店にいる人々が一斉に息を飲む音がする。
「・・・っ痛。うううっ・・・。」
突き飛ばされた男はうめき声を上げ、すぐに立ち上がれないで、床でもがいている。一撃がかなり大きかったようだ。
すると。
「どうせこんなことだろうと思ったぜ・・・。」
ソフィアのそばで、ささやくほどの小さな声だが、よく響く男の声がした。
聞き覚えのある声。
ソフィアが目を開けると立っていたのは、変装用のキャップを目深にかぶったテリュースだった。
「あっ!テリュ・・・」
ソフィアが小さく叫びそうになって、慌てて口元を押さえた。
そんなソフィアに、テリュースはちらりと一瞥をくれた後、床にのびてしまったショーンを見下ろして、トビーに怒りに満ちた目を向けた。
「自分たちがやっていることをわかってんのか?お前たち。」
テリュースの声が自然に怒気をはらむ。
「もしかして・・・、俺たちを見張って・・・尾行してきたのか?」
何事にも、誰にも、無関心なはずのテリュースがなぜここへ来たんだ?
トビーが口を開くと口の中が切れていたのか、一筋の血が流れ落ちた。
「見張っていたわけじゃない。」
テリュースがそっけなく答える。
いきなり放り出された世界に戸惑い、周りから拒絶されていたソフィア・グリフィス。
どんな芝居の世界でも生きて行くと決心しながらも、心の隅で途方にくれていた俺と、どこか似ていた女優。
テリュースは、自分くらいは彼女の味方でいてやりたいと思っていた。
そのソフィアが、たまたまテリュースが劇場裏口から出てきたところに、トビーとショーンに両脇を固められるようにして通りを渡るところを見かけたのだ。
女にだらしがないと評判のショーンとその仲間、トビー。
テリュースは悪い予感がしてついてきたのだが、案の定こんなことに。このままでは、パパラッチ記者たちの格好の餌食だ。だが、今そんな話をしている時間はない。
「トビー、ショーンを連れて走れるか?」
テリュースが怒りを抑えて尋ねるとトビーは、ショーンの様子をチラリと見て
「俺たちは単なる酔っぱらいの喧嘩ですむ。ショーンはなんとかするから、ソフィアを頼む。」
申し訳なさそうに答えた。
するとそのふたりの会話を聞いて、酔っぱらいたちが勝ち誇ったかのようにニヤリとどす黒い笑みを浮かべた。
「お前、ストラスフォードの仲間なんだな。そんでもって、こいつらと違ってお前は顔が売れている、ってことだ。おもしろい。絶対に逃がさないぜ。ひんむいて顔を拝ませていただく。その上で2度と舞台に立てないような顔にしてやるからな!恥をかかせやがって。」
床で呻いている男と一緒に飲んでいた他の3人の酔っぱらいが「カチリ」と闘いのシフトを入れ直したのが、テリュースにもトビーにもわかった。
鬱積した気持ちや怒りが煮えたぎって爆発している3人は、殺気を抱えてテリュースにじわりじわりと近付いてきた。
「危ない!テリュースさん!」
そのうちのひとりが、懐から取り出したジャックナイフを見て、ソフィアが我を忘れてテリュースに叫んだ。
鈍い銀色のナイフが店の照明にきらめく、と同時に。
「くたばりやがれ!」
ナイフを手にした男がテリュースに突進した。
キャー!!
店の中にいた他の客が悲鳴をあげて、我先にと店の外へ逃げ出した。
それでもテリュースは、まったく怯んだ様子はない。ナイフで切りかかってくるその男を素早く右手でさばいてよけ、男の腹を思い切り蹴り倒した。
「うぐっ・・・」
ナイフを握りしめたまま、男は鈍いうめき声をあげて崩れ落ちる。
「こっ、こいつ。やりやがったな。」
他のふたりの男の頬に緊張が走る。
「なかなか強いぜ。気を付けろ。」
お互いに声をかけ、どちらが先に襲いかかるか目で合図を送り、今度は太めの男が吠えながら素手でテリュースに襲いかかってきた。
するとテリュースは、テーブルに手をつき、素早く男の腹を『けり』でかけあがり、宙返りして床に着地し、直後に肉が余っている脇腹にパンチをくらわせた。またひとり、男が崩れ落ちる。
ゲェ!マジかよ!強すぎる!!
喧嘩をしたこともないおぼっちゃまだと甘く見ていたテリュースの一連の動きに、トビーは思わず声にならない声をあげた。
テリュースに喧嘩を売らなくてよかった、物事を深く考えないトビーはノー天気にそんなことを考えていた。
「ほら、これをかぶれ。」
隙をみて、テリュースが上着を脱いでソフィアの頭からパサリとかぶせた。
そして、
次の瞬間。
テリュースがソフィアの手を取った。
「ソフィア、走るぞ!離れるな。」
「あっ・・・。」
ソフィアが返事をする間もなく、そのままテリュースはソフィアの手を握りしめたままブロードウェイの街に飛び出した。
目抜き通りはネオンサインが煌めき明るいが、少し裏に回ると薄暗い通りがまだまだ多い。
自分たちの素性を隠すためには薄暗い通りの方が都合がいいのだが、夜のNYは何が起こるかわからない。
ソフィアを連れている今は、明るいところへ出た方が安全だ。
ふたりは狭い路地を抜け、小路を曲がり、ネオンの眩しい大通りを横切る。そのまましばらく走って、テリュースが車をとめている駐車場まで来るともう大丈夫そうだと足をとめ、繋いでいた手をほどいた。
「お前、バカなのか!」
テリュースが、隣でぜえはぁと肩で息をしているソフィアをいきなり怒鳴りつけた。
貸してやった上着は、半分ずれて肩にかかったまま、だ。顔を隠す役には立っていない。
「あんなところに変装もせずにノコノコついていって、写真でも撮られたらどうする気だ?」
怒鳴られたソフィアは、夢から覚めたような眼差しをテリュースに向けた。やがて、その大きな黒い瞳にじんわりと涙が浮かんでくる。それを見て、テリュースはハッと我に返った。
「すまない・・・。怒鳴ったりして悪かった。」
ソフィアは首をふった。
「ううん。そうじゃないんです。本物の喧嘩を見たのは初めてで、びっくりして・・・。」
とは言ったものの、その時、ソフィア自身もなぜ涙が込み上げてくるのか、よくわからなかった。
生まれて初めて見た殴りあいが怖かったのか、テリュースをそんな危険な喧嘩に巻き込むことになってしまった自分の愚かな行為を許せなかったのか。
「テリュースさん、今夜は本当に危ないところを助けていただいてありがとうございました。」
大きな瞳からこぼれ落ちる涙を拭おうともせず、ソフィアは心からの敬意と感謝を込めて神妙な顔で謝った。
「それにこれも・・・。」
借りていた上着をそっとテリュースに渡す。その上着からふんわりと漂うテリュースのコロンとタバコの匂い。
この数ヶ月ずっと、この薫りに包まれるとなぜか幸せな気持ちになるソフィアだった。
「ケガはないか?」
今度は、テリュースの声が温度のある優しい音色だった。
「はい。」
ソフィアは、まっすぐにテリュースを見つめるとまだ硬さの残る微笑みを口元に浮かべた。
「俺が偉そうに言える立場でもないが・・・。役者ひとりの運命を簡単に潰すことができるのが、マスコミなんだ。お前・・・いや、君ももう自分の立場をしっかりと理解しておくべきだと思う。何をしなくてはならないか、何をしてはいけないか。謙虚なのと馬鹿なのは違う。」
「はい・・・。そうでした・・・。気をつけます。」
少し強めの風が吹いて、その風がふたりを冷静な気持ちに誘う。
「家まで送ってやる。乗れよ。」
そう言ってテリュースは自分の車の助手席のドアを開けてやった。人を乗せるのは、キャンディ以来だった。
ソフィアはうなづくと、言われたまま素直に助手席に体を滑り込ませると車が珍しいのかキョロキョロと車内を見ながら
「これ、テリュースさんの車なんですか?」
と尋ねた。
「ああ・・・」
と短く答えたテリュースは、似たような会話をしたあの日の想い出に危うく引きずり込まれそうに
なった。
『これ、テリィの車なの?動くの?』
『失礼なヤツだな。あの発明ずきのかれ氏の車より、ずっといいはずだぜ。』
『ステアね。テリィによろしくって』
『そうだった、ステア。みんなかわりないか?オシャレなのやおとなしいのや、それに太ったのもいたな。』
『アーチーにアニーにパティ!ちゃんと名前を呼びなさい!』
『わかったよ。チビッコそばかす!』
『もう、テリィったら!』
そんな過去の幻を振り切るように、テリュースはエンジンをかけると勢いよく車をスタートさせた。
そしてソフィアにアパートの住所を尋ねた後は、またいつものように他人を寄せ付けない冷たい表情になってしまった。そんなテリュースの横顔にソフィアは、『まただわ』と心の中で呟いた。
テリュースさんは私に誰か別の人を重ねているの?
私の向こうに違う誰かを見ている?
そしてそれを自分で封じ込めようとしているの?
そんなことを思うことが今までもあったが、今この瞬間も、そう強く感じてしまった。
でも、テリュースさんには美しい女優の恋人がいると噂に聞いたことがある。そんな美人を私に重ねる?ううん。それはないわ___。
ふたりそれぞれに違う思いに沈んだまま、やがて車はアパートの前に到着した。
テリュースが、助手席に回って、ドアを開いてやる。その時、ソフィアは、テリュースの右手の甲に血がにじんでいるのに気がついた。さっきの喧嘩で切ったようだった。
ソフィアは慌てて自分のバックからハンカチを取り出した。
「あの、血が出ています・・・。」
そう言って、ソフィアは素早く、包帯のようにハンカチをテリュースの手に結んだ。
「ああ・・・すまない。」
テリュースは素直にソフィアのなすがままにまかせていた。
その時。
闇の中で一瞬だけ眩しい光が夜空に瞬いたことにふたりは気付いてなかった。
次のお話は
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永遠のジュリエット vol.11〈キャンディキャンディ二次小説〉
手紙は__。
『心』を封筒に閉じ込めたものだとスザナは思う。
本人には、恥ずかし...
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あすかさま
コメントをありがとうございます。
今回のテリィをカッコいいとおっしゃってくださり、ありがとうございます♡
とても救われています。
昔、湖に落ちたイライザを助けて、彼女の恋心を決定的にしてしまったテリィ。
自分にその気がなくても、女子に優しくしてまたまた災いを招くテリィ。
おまけに、別れた女の子のことをうじうじ思う「引きずり男」
こんなテリィじゃ、テリィじゃない!ってお叱りをうけるのでは??と心配しているので、あすかさまのお言葉が「力」になります。
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ジゼル様
こんにちは。
毎回楽しみに拝読させていただいております。
今回のお話よかったー。
食い入るように読んでしまいましたよ。
テリィカッコよすぎるし。
とにかくとってもとっても良かったです‼️
これからも是非、読ませてくださいね。
楽しみにしています。
どうぞよろしくお願い致します。
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candyさま
いつも熱いコメントをありがとうございます♡
今回のテリィをカッコいいとおっしゃっていただいて、すごく嬉しいです♡
我が子を誉められたような気持ちになるのはなぜ?(笑)
きっと、candyさまも(私と同じように)テリィに騎士のように助けられたり、お姫様みたいに扱われたい♡と思われてるのではないでしょうか。
一緒です~♡
これからも読んでいただけたら嬉しいです♡